ローソン
LAWSON
1/64・1/72

62台


Ferrari軌跡の名車コレクション 2006年4月18日〜 全7台
Ferrari軌跡のF1コレクション 2006年10月10日〜 全7台
Ferrariスーパーカーコレクション 最終章 2006年11月28日〜 2台
ランボルギーニ軌跡の名車コレクション 2006年12月19日〜 全7台
スカイライン50th軌跡の名車コレクション 2007年3月27日〜 全7台
ランボルギーニスーパーカーコレクション 2007年4月16日〜 6台
フォード甦る伝説コレクション 2007年10月16日〜 6台
警察車両コレクション 2008年3月18日〜 5台
RUF軌跡の名車コレクション 2008年4月15日〜 全8台
RUF SPECIAL! -RUF 第2弾- 2008年10月7日〜 全7台
ローソン 1/100館へ



フェラーリ軌跡の名車コレクション
1/72 全7車種
期間:2006年4月18日〜
内容:缶コーヒー(JT ルーツインスピレーション、キリン ファイア挽きたて工房、UCC ブラックジェヌイン・アンティグア、アサヒ ワンダモーニングショット、サントリー ボスレインボーマウンテンブレンド)2缶に1個ついてきた。
来夢音の購入記
1/72サイズでフェラーリが出るということで、発売前からヒートアップ↑。しかし、購入してクールダウン↓。おまけだから仕方が無いか。。。
250GTシリーズの最高峰のスーパーカー。サーキットでも“ヒーロー”の資格を得て数多くのレースでタイトルを獲得。心臓部はF1で鍛えられ、ボディーデザインはピニンファリーナ仕立ての美しい姿。実車はわずか39台しか生産されていない歴史的名車。
フェラーリ250 GTOは、1962から964年の3連続ワールド・チャンピオンシップに輝いた名車である。
ピニンファリーナのデザインをスカリエッティ(フェラーリお抱えの工房)が製作した。その流れるようなボディーラインの美しさは、永遠に語り継がれる。
忘れ得ぬフェラーリレーシングの象徴としてテスタ・ロッサのエンジンを搭載し、39台が生産されたといわれる。
チャンピオンシップへの参加は、大量生産されたスポーツカーに限られており、レースへ出場する為には、一定基準の量産車であることが必要だったはずだが、それもフェラーリの執念と駆け引きのうまさが成しえた技といえるであろう。
250 GTO (1962)
サーキットのヒーロー

M00114
サイズ:全長4400mm/全幅1675mm/全高1245mm 車両重量:950kg
 最高出力:280PS/7500rpm 最高スピード:260km/h エンジン:2953cc V12
エンツォ最愛の息子、アルフレディーノは白血病で余りにも短い24年の人生で永眠。その後、彼が残したエンジンの構想を具体化したV6ユニットの名前を「Dino」と名付けた。ボディラインは非常に美しく、デザイナー・ピニンファリーナの最高傑作と言われる。
エンツォ最愛の息子、アルフレディーノはじきスポーツカーに搭載すべく、コンパクトな設計の6気筒エンジンの研究・開発に乗り出したが、その完成を見ずに24年の短い生涯を終えた。
これに胸を痛めた父エンツォ氏は、その開発を続行し、それに見合う最高の美しさをもつピッコロボディ(小さな車体)を与えた。 ピニンフェラーナがデザイン、スカリエッティ(フェラーリお抱えの工房)で製作。こうして1960年代後半にできあがったのが、フェラーリ社初のV型6気筒2000ccエンジン搭載「Dino 260 GT」であった。後に排気量が2400ccに拡大され「Dino 246 GT」となる。
Dino 246 GT (1969)
もうひとつのフェラーリ

M01846
サイズ:全長4290mm/全幅1700mm/全高1115mm 車両重量:1080kg
 最高出力:195PS/7600rpm 最高スピード:235km/h エンジン:2418cc V6
当時のフェラーリの最高峰として「BB」ベルリネッタ・ボクサーの呼び名は永遠で、スーパーカーブームの火付け役となった。スーパーカーの基準を一新し、理想のバランスを求めてミッドシップの12気筒水平対向エンジンを搭載した。まさにボクサー。
1976〜1981年、フラッグシップカーとしてフェラーリ512BBが登場。時速302kmは当時の世界最速であった。512とは排気量5000ccクラスの12気筒エンジン、(B)ベルリネッタとはクーペ、(B)ボクサーとは水平対向で搭載したアイディアをそのままGTカーに持ち込み、「ベルリネッタ・ボクサー」として世に送り出したのである。
1974年にフェラーリ365GT4BBとしてデビュー、その後1976年にフェラーリ512BB、1981年にフェラーリ512BBiとチェンジしつつ、巧みに「世界一」を保ち続けた。
512 BB (1976)
速く走るためにだけ生まれた

M01847
サイズ:全長4400mm/全幅1830mm/全高1120mm 車両重量:1515kg
 最高出力:360PS/6800rpm 最高スピード:302km/h エンジン:4942cc V12
1980年代後半から1990年代にかけては、まさしく「テスタロッサ」の時代であった。一度見たら忘れられないインパクトのあるゴージャスなスタイリング、卓越した性能、レーシング・モデルの名前を冠しフェラーリの忘れられない1台といえる。
スーパーカーブームで人気を博した512BBの後継モデルとして、1984年かつての名車の名前を復活させ登場したテスタロッサ。最高290km/h。
87年マイナーチェンジ、92年には512TR、95年にF512Mと変化しつつ98年まで生産される。
前身である512BBが、シンプルで実務的に感じられるほど変身を遂げたフェラーリ・ベルリネッタシリーズ。エンジンの両脇にラジエーターを置いた為、前後のトレッドが大きく異なり、特にリアサイズは全幅2m程もある。ドア部分には5本のフィンが並ぶエア・インテークがあり、一度見たら忘れられないインパクトのあるスタイリングといえよう。
Testarossa (1984)
80年代後半から時代を築き夢を
与え続けた M01848
サイズ:全長4485mm/全幅1976mm/全高1130mm 車両重量:1506kg
 最高出力:390PS/6300rpm 最高スピード:290km/h エンジン:4943cc V12
創始者エンツォが開発を指示した、フェラーリ創立40周年を記念したモデル。スピードとパワー、走りに徹する為に必要なフォルムをまとったドライなスタイリングで爆発的な人気となる。フェラーリのみならず、自動車史に残る1台でまさにエンツォの偉大なる遺産。
フェラーリが創業40周年を記念して作ったモデル。これは創始者であるエンツォ・フェラーリが生前自ら発表した最後の車であり、歴代のフェラーリの中でも根強い人気のあるモデルである。 F40が自動車史上に残る歴史的名車と言われる所は、車体の基本構成が1960年代のフェラーリ製レーシングカーを代表するスペースフレーム方式であったが、V型8気筒ツインターボエンジンの大パワー・高性能に対応する為に、当時に開発された複合素材や構造部接着剤といった最新マテリアルを駆使しての半モノコック構造等、高い剛性の確保も同時に実現しようとしたところにある。
性能を引き出す為に必要なフォルムを実務的にまとったドラスティックな姿は、いつでもレースカーになるF40の本質を表現している。
F40 (1987)
フェラーリ史上もっとも過激なロードカー
M01849
サイズ:全長4485mm/全幅1976mm/全高1130mm 車両重量:1506kg
 最高出力:478PS/7000rpm 最高スピード:324km/h エンジン:2936cc V8
F1マシンそのままの高剛性な車体構成とV12エンジンで登場。
まさに公道を走るF1マシンそのもで50周年を2年前倒して349台のみ生産された文字通りの限定モデル。
フェラーリF50は、フェラーリ社が創業50周年を記念して製作した車である。
開発コンセプトに掲げられたのは、「公道を走るF1マシン」。 カーボンコンポジット製のセンターモノコックボディにエンジンをボルト止めした高剛性な車体構成はF1マシンそのものと言えよう。
さらにF1用3.5リッターV型12気筒DOHC5バルブエンジンのエンジンブロックを使用。その最高出力は520馬力、最高時速は325キロ。349台の限定生産である。
F50 (1995)
公道を走るF1
M00906
サイズ:全長4480mm/全幅1986mm/全高1120mm 車両重量:1230kg
 最高出力:520PS/8500rpm 最高スピード:325km/h エンジン:4700cc V12
21世紀最初の記念碑的限定生産スーパーカーは、速さにこだわり続けた創始者Enzoの名が冠された。レースで培って来た技術の粋を結集した大出力と、かつてない快適性を併せ持つ399台限定生産車。
創始者の名を取りエンツォ・フェラーリと命名されたこの車は、レースで培って来た技術の粋を結集して作りあげられた。
フェラーリにとって21世紀最初の特別なスーパーカーであり、記念碑的な限定生産車である。
ミッドシップにV型12気筒大出力のエンジンを搭載した伝統の動力性能を継いでいながら、快適性をあわせもつ。これまでフェラーリが開発してきた限定生産車のいずれとも違う性格を持つものとなった。
明らかにF1を意識したと分かる、バンパーより前に突き出したフロントノーズが過激なスタイルは、フェラーリ馴染みのピニンファリーナによってデザインされ、2002年6月パリ・サロンで発表された。
Enzo Ferrari (2002)
創始者の名が冠された至高の限定車
M00902
サイズ:全長4702mm/全幅2035mm/全高1147mm 車両重量:1350kg
 最高出力:660PS/7800rpm 最高スピード:350km/h エンジン:5998cc V12




フェラーリ軌跡のF1コレクション
1/72 全7車種
期間:2006年10月10日〜
内容:缶コーヒー(コカ・コーラ ジョージア ヨーロピアン、JT ルーツ インスピレーション、キリン ファイア 挽きたて工房、UCC ブラック 無糖、サントリー ボス レインボーマウンテンブレンド、アサヒ ワンダ モーニングショット)2缶に1個ついてきた。
来夢音の購入記
ローソン限定、1/72サイズでフェラーリの第二弾。第一弾よりは、質がUPしたか。しかし、タイヤがヘゴヘゴである。
F1-90がラインナップにあるのは嬉しい!
1950年から始まったF1世界選手権に向け、イタリアGPから投入した375F1。
デビュー戦で2位を勝ち取り、翌1951年の7月14日、イギリスGPが行われたシルバーストーンで、フロイラン・ゴンザレスが世界選手権での初勝利をフェラーリにもたらし、王者アルファ・ロメオに世代交代が近いことを告げた。レース後エンツォは“私は自分の母親を殺してしまった”と語り、アルファに育てられたエンツォならではの名言として有名だ。

4.5リッター V12
375 F1 (1951)
フェラーリF1歴史の始まり
1961年シーズンを圧勝で飾ったフェラーリだが、その後ライバル達が着実に進化を遂げ、1962〜63年シーズンはチャンピオンの座を奪われた。
そこで64年型として新たに開発されたのが158F1だ。新開発の8気筒ユニットを搭載し、シャーシーもセミ・モノコック構造を取り入れ、空力も見直される。
60年代を代表するドライバー、名手ジョン・サーティースは、このマシンを巧みに操りダブル・タイトルをフェラーリにもたらした。

1.5リッター V8
158 F1 (1964)
3年ぶりのダブルタイトル
11年振りにダブルタイトルを手にしたフェラーリは、成功作の312Tをキャリーオーバーし1976年の新規定に対応した312T2を送り出した。
水平対向12気筒エンジンを搭載し、最強の名を欲しいままにしたマシン。ニキ・ラウダはドイツGPの大アクシデントで瀕死の重傷を負うが、1ヵ月後のイタリアGPで奇跡的に復活。王座決定戦となった日本GPで、ラウダは豪雨で危険との理由でマシンを降り、タイトルは1ポイント差でマクラーレンのジェイムズ・ハントのものとなった。
F1が日本に初上陸した76年のモデルでもある。

3リッター V12
312 T2 (1976)
不死身のレーサーが乗ったマシン
ターボ時代を代表する美しいスタイリングでファンを魅了し、間違いなく82年最強のマシンであった126C2。
シーズン中、ジル・ビルヌーブとディディエ・ピローニは常に上位を守り、二人とも王座を射程距離に置いたまま戦いを進めた。この戦いを通して両者に確執が生まれ、悲劇的な結末を迎える。ビルヌーブが事故で帰らぬ人に、ピローニが出場不能の負傷を負う。こうした大混乱に見舞われながら3勝を記録、3年ぶりのコンストラクタータイトルに輝いた。

1.5リッター V6ターボ
126 C2 (1982)
悲劇のマシン
細いノーズ、美しい流線型を描くサイドポンツーン、サスペンション、エンジン、そしてどこのチームよりも映えるイタリアンレッドが印象的という全てが最高のパッケージングを持つ傑作車、F1-90。最終戦、日本GPでアラン・プロストが勝てば、ポイントで先行するマクラーレンのセナを逆転してチャンピオンを獲得することが可能だった。しかしスタート直後の第1コーナーで、先行したプロストにセナが追突し、結局セナがチャンピオンを獲得。プロストの逆転チャンピオンの夢はそこで消えた。セナ・プロ時代を代表するマシン。

3.5リッター V12
F1-90 (1990)
日本人の記憶に最も残る1台
M00152
頂点を極める為にあらゆる技術の粋を追求。日本GPでミハエル・シューマッハが自身3度目、フェラーリ移籍後初のワールド・チャンピオンを勝ち取る。続く最終戦でコンストラクターズ・タイトルを決め、フェラーリは21年ぶりの完全制覇を達成した。開幕戦から3連勝したものの、中盤3戦連続リタイアでポイントを急接近されるシューマッハ。しかしフェラーリの地元第14戦イタリアGPでは、涙の勝利を得て以降4連勝し21年ぶりとなる二冠をもたらした。

3リッター V10
F1-2000 (2000)
究極の勝利、21年ぶりのダブルタイトル

M00156
フェラーリを愛し、フィアットのフェラーリ売却に反対し続けたジョバンニ・アニエリ名誉会長を偲んでイニシャルであるGAを冠したF2003-GA。4年連続ダブルタイトル獲得を目指して送り出された。ルール改正や過激なまでの技術開発が却って苦しみを生み、苦戦を強いられる。
結局、最終戦までタイトル争いは続き、日本GPに至ってミハエル・シューマッハの4年連続・史上初の6回目チャンピオンシップと、5年連続コンストラクターズチャンピオンのダブルタイトルを獲得した。

3リッター V10
F2003-GA (2003)
4年連続ダブル・タイトル獲得





フェラーリ スーパーカーコレクション 最終章
1/72 全7車種
期間:2006年11月28日〜
内容:缶コーヒー(ファイア挽きたて工房、ワンダ ショット&ショット69、ボス レインボーマウンテン、ジョージア ヨーロピアンブレンド、UCC ブラック無糖、 ルーツ ホワイトブラジル)2本に1個ついてくる。
来夢音の購入記
ローソン限定フェラーリの第三弾。全7車種のうち赤色のものだけを購入。第一弾のカラバリのものは購入を見送った。。。
レーススペックを獲得すべく、1984年、フェラーリが、308GTBをベースに製作したホモロゲーションモデル。GTOの“O”は“ホモロゲーションを受けた”という意味で250GTO以来途絶えていたGTOが復活しカリスマ的存在となる。
1962年、ワールド・スポーツカーチャンピオンシップにフェラーリは250GTOを送り出した。GTOは期待に違わず、3年連続のチャンピオンシップをもたらした。それから20年目、1984年のジュネーブ・ショーにフェラーリは新たなGTOをデビューさせた。それが288GTOだ。
エンジンには2基のターボチャージャーが組み合わせて400PSを発揮、300km/hを優に超えるマキシマムスピードなど、凄まじいパフォーマンスをもたらした。
そのボディは、獰猛なまでのワイルドさと妖艶なエレガンスが不思議な調和を見せる魅力的なものである。
結局レースには出場しなかったが、そのパフォーマンスの凄さでカリスマ的存在となっていく。
288 GTO (1984)
モダンフェラーリを代表するカリスマ的存在
M01850
サイズ:全長4290mm/全幅1910mm/全高1120mm 車両重量:1160kg
 最高出力:400PS/7000rpm 最高スピード:305km/h エンジン:2855cc V8
フェラーリ史上最大の売れ行きを記録した「360モデナ」の後継モデルとして、F1の最先端技術をダイレクトにフィールドバックした、まさに量産型フェラーリとして過去最良のクルマ。
フェラーリ360モデナの後継にあたり、リアミッドシップに縦置きされるV8エンジンは4.3リッターとなる。
ボディデザインはピニンファリーナが担当。1961年のF1を制したシャークノーズと呼ばれるレースカーをモチーフとし、360モデナで導入され、成功を収めたアルミボディはF430でも引き継がれた。F1マシンで培った最先端の技術の数々をダイレクトにフィールドバックし、市販車として世界で初めて、エレクトロニック・ディファレンシャルと、ステアリングセンターに配置される走行モード選択スイッチ等を採用した。
フェラーリ史上最大の売れ行きを記録した「360モデナ」の後継モデルとして、F1の最先端技術をダイレクトにフィールドバックした、とにかく周りを圧するクルマとなっている。
F430 (2005)
最新!これぞ史上最良のフェラーリ

M00903
サイズ:全長4512mm/全幅1923mm/全高1214mm 車両重量:1450kg
 最高出力:490PS/8500rpm 最高スピード:315km/h エンジン:4308cc V8





ランボルギーニ軌跡の名車コレクション
1/72 全7車種
期間:2006年12月19日〜
内容:(JT ルーツインスピレーション、キリン ファイア挽きたて工房、UCC ブラックジェヌイン・アンティグア、アサヒ ワンダモーニングショット、サントリー ボスレインボーマウンテンブレンド)2缶に1個ついてきた。
来夢音の購入記
1/72サイズでランボルギーニも登場。今回の注目は、350GTかな。
フェルッチオ・ランボルギーニ、意地の結晶
プライドと意地の結晶、改良を重ねてトップスピードを誇る、高性能かつ高品質のグラン・ツーリズモの完成。
世界中、数ある自動車メーカーの中で、その設立経緯が最も有名な会社であるアウトモビリ・ランボルギーニ初の市販車、それが350GT。その輝かしい栄光は、今から約40年前に、非凡な才能と技術力を兼ね備えたひとりの男、フェルッチオ・ランボルギーニによって切り開かれた。1963年のトリノショーでデビュー、ランボルギーにとって第一号車となるプロトタイプを大幅にリファインし、翌年の1964年、ジュネーブ・ショーで発表された。ランボルギーニは、この車から最高のスポーツカー造りへの挑戦を始め、スーパーカービジネスへの大海に乗り出していったのである。
Lamborghini 350GT
(1964)
サイズ:全長4500mm/全幅1630mm/全高1220mm 車両重量:1050kg
 最高出力:320PS/7000rpm 最高スピード:250km/h エンジン:3464cc V12
もっとも勇猛な闘牛の名を冠した“ミウラ”
12気筒エンジンを横置きミッドシップにマウント。ライバル打倒のために送り出され、スーパーカーブームの先駆けともなった1台。
1965年のトリノショーにシャシーとエンジンのみの試作モデルでデビュー。
翌1966年、ベルトーネがデザインした流麗で精悍なボディをまとい、ジュネーブに登場した。
車高わずか1080mmのボディは低く地をはうようで、スポーツカーと言っても背の高かった当時のクルマと比べると衝撃的なスタイリングだった。前後のカウルはレーシングカーのように全体が開閉し、ヘッドランプはポップアップ式で、ランプのまわりの睫毛のような飾りがミウラのアイデンティティ。
美しいデザインと豪華な内装を供に愉しめる、ランボルギーニ初のミッドシップスーパーカー。
Lamborghini Miura P400
(1966)
サイズ:全長4360mm/全幅1780mm/全高1080mm 車両重量:1075kg
 最高出力:350PS/7000rpm 最高スピード:290km/h エンジン:3929cc V12
スーパーカーの王様は今もなお“カウンタック”
ベルトーネの前衛的なデザインと、スタンツァーニが作り上げた理想的なレイアウトを持つ、これぞスーパーカーの王様!
クサビ形の思い切り低く広いボディは、まさに未来からやってきたクルマ。
その名は、今もスーパーカーの代名詞的存在である「カウンタック」。車名はランボルギーニ社があったピエモンテ地方の方言で、驚きを表す感嘆詞に由来する。独特のスタイリングを手がけたのは鬼才、マルチェロ・ガンディーニ。短いフロントノーズとほぼ同一画のフロントウインドー、巨大なドアが前端をヒンジに上方に跳ね上がって開くガルウィング方式の採用など、この未来的デザインが空前のスーパーカーブームを巻き起こす事になる。
Lamborghini Countach LP400
(1974)
サイズ:全長4360mm/全幅1780mm/全高1080mm 車両重量:1075kg
 最高出力:350PS/7000rpm 最高スピード:290km/h エンジン:3929cc V12
謎めいた存在、幻のスーパーカー
徹底的な軽量化と出力強化をテーマに極秘に開発された、ランボルギーニの伝説と呼ぶに相応しい一台。
ランボルギーニ社のテストドライバーであるボブ・ウォレスが極秘裏に開発した「ボブズ・トイ」とも呼ばれる謎めいた車。
ミウラをベースにFIAのレギュレーション中のJ項にちなんでJと名付けられたが、いつの間にかイオタと呼ばれるようになった。このイオタはミウラ開発用テスト車両として使用され、その成果はミウラSVに生かされた。
1台しかなかったイオタはクラッシュ、炎上し、現在、実車は残っていない。その後、イオタのスタイルを模して作られたのがSVR。まさにランボルギーニの伝説として歴史に残る車。
Lamborghini Jota SVR
(1975)
サイズ:全長4390mm/全幅1780mm/全高1000mm 車両重量:900kg
 最高出力:440PS/8500rpm 最高スピード:300km/h エンジン:3929cc V12
理想を貫いた未来の車
ライバルとの争いで更なるスケールアップを遂げ、さらに過激な車へと進化したカウンタックLP500S。
量産車としてあまりにもピュアで理想主義的な成り立ちのカウンタック。初期モデルのLP400時代から後退してしまったパフォーマンスを立て直すため、エンジンを4754ccまで拡大し、再び375PSのパワーを手に入れたLP500Sに進化した。
永遠の仮想敵をターゲットにスケールアップしていくこのカウンタックは、リアウィングを装着する事も可能になり、LP400で衝撃を与えたスタイリングが再び脚光を浴びることになる。現代ですら比較するものがないほどの未来的デザイン。
Lamborghini Countach
LP500S (1982)
サイズ:全長4140mm/全幅2000mm/全高1029mm 車両重量:1490kg
 最高出力:375PS/7000rpm 最高スピード:300km/h エンジン:4754cc V12
「悪魔」を意味するスーパーカー
イタリア語で「悪魔」を意味する車ディアブロは、久々にスーパーカーと呼ぶのにふさわしいモデルとなった。
ガルウイング&ミッドシップというスーパーカーらしいディティールを全て兼ね備えた1台。
カウンタックの後継モデルともいうべきスーパースポーツが1990年1月にデビューした。
その名は、“ディアブロ”。イタリア語で「悪魔」を意味するこの車は、久々にスーパーカーと呼ぶのにふさわしい。
一目でランボルギーニとわかるスタイルは、ベルトーネ時代にカウンタックのデザインも手がけた鬼才マルチェロ・ガンディーニの手による。華やかさとすごみを備え、ウエッジシェイプのボディやガルウィングなど、カウンタックのスタイリングを踏襲している部分は多い。
Lamborghini Diablo
(1990)
サイズ:全長4460mm/全幅2040mm/全高1105mm 車両重量:1576kg
 最高出力:429PS/7000rpm 最高スピード:328km/h エンジン:5709cc V12
果てる事のない血統を現代に受け継ぐ車
高性能スポーツカーとしてクラスを再定義するためにデザインされたガヤルド。それは日常的に乗りこなせる操作性と真のスポーツ性の融合体。
ネーミングはこれまでのモデルと同じく、闘牛の血統に由来するもの。
勇猛果敢かつ強壮なガヤルドの闘牛たちは、闘牛士との戦いの最後まで決して果てることのない勇気、パワーと積極性を持っていたことで有名だった。ボディはアウディが開発した技術を注入し、ランボルギーニ初となるアルミスペースフレームを採用している。そのスタイリングは刀のように鋭角的なフロントライトを中心に、ダイナミックで個性的、まるで戦闘機のようだ。最新のランボルギーニは、全ての設計が新しく、当然ながら恐ろしいほどに速い。
Lamborghini Gallardo
(2003)
サイズ:全長4300mm/全幅1900mm/全高1165mm 車両重量:1165kg
 最高出力:520PS/8000rpm 最高スピード:315km/h エンジン:4961cc V10





スカイライン50th軌跡の名車コレクション
1/72 全7車種
キャンペーン期間:2007年3月27日(火)〜4月9日(月)
内容:缶コーヒー(サントリーボスブラック、サントリーボス楽園、キリンファイア挽きたて工房、UCCブラック無糖、コカコーラジョージア ヨーロピアン)2本にもれなく一台ミニカーが付いてきた。
来夢音の購入記
このコレクションは抽選で5000名様に、スカイラインX36型/350GTタイプSP 1/72スケールダイキャストフィギア(ボンネット開閉式)が当たる!!が、見事当たった。
1968年、3代目スカイラインは、ファミリーユースとスポーツ性を両立させるという開発コンセプトをさらに昇華させ、より快適なグランツーリスモをして成長を遂げた。
ボクシーになったスタイリングに合わせて、『ハコスカ』の愛称も誕生した。
1970年、2000GT−Rはセダンからハードトップへ変更された。ハードトップはセダンに対し70mmホイールベースを短縮したことにより、運動性能が向上した。1972年3月2日の富士GC・第1戦では、高橋国光選手が“栄光の50勝”を達成。スカイラインの神話となる。
疾風・愛のスカイライン
C10型/GT-R
サイズ:全長4330mm/全幅1665mm/全高1370mm
車両重量 1100kg 最高トルク 18.0kgm/5600rpm
1972年、4代目「ケンとメリーのスカイライン」キャンペーンは、ロマンチックでヒューマンなストーリーに、若者から年配者まで幅広い年齢層の共感が集まり、一種の社会現象を巻き起こした。スポーツセダンとしての名声を不動のものとした「ケンとメリーのスカイライン」は、『ケンメリ』の愛称で親しまれ、累計販売台数も歴代最高の64万台を達成するベストセラーとなる。1976年、2ドアハードトップをベースに2代目GT-Rとして登場したが、51年排ガス規制のため、発売からわずか4ヵ月後に生産中止。この間に生産されたのは市販車195台、試作車2台を合せ、計197台の希少車種となる。
旋風・ケンとメリーのスカイライン
C110型/GT-R 1972
サイズ:全長4460mm/全幅1695mm/全高1380mm
車両重量 1145kg 最高トルク 18.0kgm/5600rpm
1977年、5代目スカイラインは、「日本の風土が生んだ日本の名車」としての自負をキャッチフレーズに込め、“SKYLINE JAPAN”が登場。
モデルチェンジを機にターボを搭載し、省燃費と高性能を両立させ、さらに低公・静粛性を求めた夢のエンジニアリングは、80年代が求める新しいGTの姿を現実のものとした。
C210型スカイライン(通称“ジャパン”)の先進性はファッションにもおよび、広告のサブ・キャッチフレーズを用いた「Mr.&Ms.」のTシャツは、1978年だけでも57万着も売れ、関連キャラクター商品が街にあふれ、人々の生活の中に深く入り込んだ。
回帰・スカイライン・ジャパン
C210型/2000GT TURBO 1980
サイズ:全長4620mm/全幅1675mm/全高1375mm
車両重量 1230kg 最高トルク 21.0kgm/3200rpm
1981年、日産としては8年ぶり、「R」車種以外では初の試みとして、DOHCユニット搭載の2000RSを6代目スカイラインとして発表。
1983年には、日本初の4バルブDOHC+ターボの心臓を持つ2000RS-TURBOが登場し、「レーシング・スポーツ」のネーミング通りに10年ぶりとなるサーキットへの復帰を果たした。
発売当初、コマーシャルにポール・ニューマンが登場し、「ニューマン・スカイラン」と呼ばれていたが、3回目のマイナーチェンジでRS系は、フロントマスクがグリルレスとなった。これ以降、フロントマスクの雰囲気から「鉄仮面」と呼ばれた。
発信・ニューマン・スカイライン
R30型/2000GT-RS 1983
サイズ:全長4595mm/全幅1665mm/全高1360mm
車両重量 1175kg 最高トルク 23.0kgm/4800rpm
1989年、スカイラインの系譜に8代目が登場する。新開発4輪マルチリンクサスペンションとの相乗効果で、その走りは飛躍的に向上していた。見た目にもスポーティなR32型は、運動性能を重視した本格的スポーツセダンとして生まれ変わり、そのコンセプトと向上した走りから「超感覚」なる言葉を生み出した。
R32型は、発売から3ヵ月後の8月に、本格派スポーツモデル「GT-R」を16年ぶりに復活登場させた。生産累計300万台(GT-Rを含む)を突破。日本国内のみならず海外の自動車レースを席巻した。
洗練・超感覚スカイライン
R32型/GT−R 1989
サイズ:全長4545mm/全幅1755mm/全高1340mm
車両重量 1430kg 最高トルク 36.0kgm/4400rpm
2001年、デビューを飾ったV35型スカイライン。従来スカイラインの象徴の一つであった直列6気筒エンジンに替わり、V型6気筒直噴ガソリンエンジンを採用しプレミアム・スポーツセダンとして生まれ変わった。2003年には、V35型クーペが登場。3.5リッターV型6気筒の余裕のパワー、信頼できる高速安定性、心地よい俊敏なハンドリングなどが生む余裕と感動の走りにより、プレミアム・スポーツの世界が完成された。
新世代・スカイラインクーペ
V35型/350GT クーペ 2003
サイズ:全長4675mm/全幅1750mm/全高1470mm
車両重量 1760kg 最高トルク 37.0kgm/4800rpm
初代スカイラインが誕生したのが1957年。以来、日産が創り出してきた技術は「スカイライン」のために開発されたものであるといっても過言では無い。
高い人気とともに時代を築き上げてきたスカイライン。高性能なセダンとして誕生した12代目スカイラインのコンセプトは、「魅惑・洗練・高性能」。
昨年の発売後、早くもブームを引き起こし、その完成度の高さから“ときめきスカイライン”として歴代最高の一台との呼び声も高い。エクステリアは、FR車であることを主張する走りの良さを予感させる躍動的なスタイリング。
V35型に対して全高は20mm下げられ、全幅は20mm拡大されることにより、ロー&ワイドなプロポーションを形成。
彫刻的に輝くフロントグリル、強く絞り込まれたようなフロントフェンダーと抑揚のある造形のエンジンフードが官能的な表情を創り出している。
魅惑・洗練・高性能
V36型/350GT タイプSP 2006
サイズ:全長4755mm/全幅1770mm/全高1450mm
車両重量 1600kg 最高トルク 36.5kgm/4800rpm





ランボルギーニスーパーカーコレクション
1/72 全7車種
期間:2007年4月17日〜
内容:(キリン:ファイア 挽きたて工房、アサヒ:ワンダ アフターショット、サントリー:ボス 楽園、ジョージア:ヨーロピアン、roots:マウンテンハイ、UCC:ブラック無糖)2缶に1個ついてきた。
来夢音の購入記
事故車続出で、非常に購入意欲をそがれたシリーズになってしまった。。。
Lamborghini Miura P400SV
(1971)
ミウラの完成型「SV」

M03020
1971年3月、ジュネーブ・ショーに7850rpmで385馬力まで出力を上げたミウラの完成型、P400SVが登場した。
“SV”とは“Sprint Veloce”で「より速い車(にチューンされた)」という意味で使っている。
インテークを大きくし、キャブレターを変更、カムタイミングも変更したこの出力が達成され、当初の設計目的がこのSVでやっと実現した。
エクステリアではヘッドライト周りの睫毛状のグリルがなくなり、その下のフロントグリルも横長の楕円状だったものが上部中央が前方下部に張り出し、サスペンションの変更によりリアフェンダーも変更した。
サイズ:全長4370mm/全幅1780mm/全高1050mm 車両重量:1293kg
 最高出力:385PS/7850rpm 最高スピード:290km/h エンジン:3929cc V12
Lamborghini J
(1972)
幻のスーパーカー

M03021
当時のランボルギーニのテストドライバーだったボブ・ウォレスにより作られたイオタは、正式には「ミウラ・コンペティシオーネ」と呼ばれる。なぜJotaと呼ばれたかは、このクルマがFIAの「国際スポーツ法典附則J項」のレギュレーションに乗っ取って作られたからである。エンジンはドライサンプ化され、圧縮比は11.5まで高められた。典型的な高回転型で、ベンチテストでは440PS/8500rpmを記録したという。だが、世界に1台しかないイオタは走行中に大クラッシュし、修復不可能と判断され、現在、実車は残っていない。
サイズ:全長4390mm/全幅1780mm/全高1000mm 車両重量:882kg
 最高出力:440PS/7000rpm 最高スピード:N/A エンジン:3929cc V12
Lamborghini Urraco P250
(1972)
ポルシェ911のマーケットに
切り込んだミッドシップ

M03023
リトル・ランボルギーニとして、1969年にその開発がスタートし、1970年のトリノ・ショーで発表された2+2のミッドシップ。デザインはベルトーネ在籍時代のマルチェロ・ガンディーニで、インテリアの処理もかなり手が込んでいる。
P250はSOHCのV8エンジンを搭載し、最高出力は220PS、最高速度は240km/h。1975年に、DOHC化し250PSにアップしたハイパワー・バージョンのP300、イタリア国内専用モデルとして182PSのP200が追加された。
サイズ:全長4250mm/全幅1760mm/全高1115mm 車両重量:1100kg
 最高出力:220/7800rpm 最高スピード:240km/h エンジン:2662cc V8
Lamborghini Countach LP500R (1975)
幻のカウンタック「LP500R」

M03022
ランボルギーニ・カウンタックは、1971年のジュネーブ・ショーにて発表された、ミウラの後継モデルであるプロトタイプ、LP500(5リッター・エンジン)を1973年に各部の改良を重ねLP400(4リッター・エンジン)として市販された。
LP500Rは、LP400をベースに専用のリア・オーバーフェンダー、フロント・スポイラー、リアウィング、ホイールと独特の専用ブラック・カラー&ストライプを身に纏ったワンオフのスペシャル・モデル。
サイズ:全長4140mm/全幅1995mm/全高1029mm 車両重量:1064kg
 最高出力:375PS/8000rpm 最高スピード:N/A エンジン:3929cc V12
Lamborghini Countach
25th Anniversary (1988)
ベスト オブ カウンタック

M03024
車名に用いられているCountachはピエモンテ州の方言で「驚き」を表す感動詞である。
1971年に発表されたマルチェロ・ダンディーニによる近未来的なウェッジシェイプを体現したデザインは、文字通り世界中に驚きを与えた。
1988年にランボルギーニ社創立25周年記念モデルである25thアニバーサリーを発売。
リアバンパーの装着や細部の形状変更などの外観上の変更はなされたが、大幅な改良はされなかった。
25thアニバーサリーは、カウンタックの各モデルの中で最大となる657台を生産した。
本モデルがカウンタックの最終モデルとなり、1990年に生産を終了。
サイズ:全長4140mm/全幅2000mm/全高1070mm 車両重量:1447kg
 最高出力:420PS/5000rpm 最高スピード:294km/h エンジン:5167cc V12
Lamborghini Murcielago
(2001)
悪魔の後継車・
アウディ傘下初の闘牛

M03025
2001年9月のフランクフルト・ショーで発表された、ディアブロの後継車。
開発コードはL147、ムルシエラゴはスペイン語で「コウモリ」の意。
また、1879年にマタドールと名勝負を繰り広げた闘牛の名でもある。
基本デザインに関してディアブロの精神と変わりはないが、ウェッジシェイプより塊感を強調するものとなった。
ドイツ的テイストを取り入れたようにも感じられるものの、随所にランボルギーニの車としての匂いを感じ取ることができる。
サイズ:全長4580mm/全幅2045mm/全高1135mm 車両重量:1650kg
 最高出力:571PS/7500rpm 最高スピード:330km/h エンジン:6192cc V12






フォード甦る伝説コレクション
Ford 100th Annivirsary
1/72 全8車種
期間:2007年10月10日〜
内容:缶コーヒー(コカ・コーラ ジョージア ヨーロピアンブレンド、キリン ファイア 挽きたて工房・挽きたて微糖、アサヒ ワンダ モーニングショット、JT ルーツ インスピレーション、サントリー ボス レインボーマウンテンブレンド、UCC ブラック 無糖、)2缶に1個ついてきた。
来夢音の購入記
ローソン限定、1/72サイズでフォードが登場。中身が、確認できるようになっただけに慎重に選べるが、帰宅してよく見ると。。。な部分がまだまだある。
レーシングカーは人気が高い。
66年初期、英国フォードで完成寸前で開発中止となった車をガルフ石油の援助をうけた英国チームの監督ジョン・ワイヤが買い取り、67年からこの車両でレース活動を再開した。
その後、レギュレーション変更に合わせる為にボディー、エンジンに改良を加え、1968年に出場したル・マンにおいて優勝を成し遂げた。
JW-GT40 No.9 (1968)
M02971
1969年にル・マン優勝を成し遂げた車両。
チェッカーフラッグを受けたジャッキー・イクスは、「ル・マン式スタート」を危険視し、順位を大幅に落とすことを承知で、スタート時にマシンへ駆け寄らず、安全にゆっくりとスタートした。
しかし、レースでは、イクスのフォードGT40がポルシェ908をギリギリでかわして優勝し、歴史に残る名勝負を展開した。
これ以来「ル・マン式スタート」は廃止された。
JW-GT40 No.6 (1969)
M02972
スポーツカーブームが巻き起こった50年代のアメ車黄金時代を築き上げ、いまも尚、ドリーム・オブ・アメリカの象徴として君臨する。
1stサンダーバードは、通称“ベビー・サンダー”としも呼ばれ、コルベットのライバル車として1955年に誕生した。
THUNDERBIRD (1955)
M02976
1964年、ル・マンで優勝したシェルビーコブラクーペの遺伝子を受け継ぐ名車・シェルビーコブラ427は、キャロル・シェルビーのアイディアから誕生したコブラの究極モデルである。
本来レース用として開発されたが、後にロードバージョンとしても販売された。
最終348台が生産される。
SHELBY COBRA 427 (1966)
M02977
迫力と上品さが程良くミックスされたスポーツカーであり、「男の中の男の車」として、いまだに根強い人気があるMUSTANG GT390。
1968年のアカデミー編集賞受賞作品「ブリット」では、スティーブ・マックイーン扮する刑事が、MUSTANG GT390を操り、20分に渡り展開するダッヂ・チャージャーとのバトルチェイスを演じた。
映画史に残るカーチェイスシーンを演じたとして名を馳せている。
MUSTANG GT390 (1967)
M02978
従来からの「GT」を凌駕する本格的なスポーツ・グレード。
当時、ワークス間の戦いが白熱していたツーリングカーレース・SSCAトランザムの為のホモロゲーション取得用モデルとして誕生した。
レースカーのイメージそのままを市販化したモデルである。
MUSTANG BOSS 302 (1969)
M02979







車両コレクション
全6種
期間:2008年3月18日(火)〜
内容:缶コーヒー(サントリー ボス 無糖ブラック、アサヒ飲料 ワンダ 金の微糖、UCC ブラック無糖、キリン ファイア スペシャル)2缶に1個ついてきた。
日本全国のパトカー集合 NISSAN SKYLINE GT-R
M00218
SUBARU IMPREZA WRX STi
M00219
高速道路の安全を守るのが高速パトカーである。パトカーを操るには長期に及ぶ厳しい運転訓練を積み重ね、かつその試験に合格しなければならない。 高速道路の安全を守るのが高速パトカーである。バグガードと呼ばれる透明なアクリル製の板は、高速走行時に、空気の流れを制御し、虫等がフロントガラスに付着することを防ぐ。
TOYOTA LAND CRUISER PLADO
M00220
NISSAN SKYLINE
M00222
TOYOTA CROWN
M00221
指揮官車は主に四輪駆動車を使用し、屋根には部隊に支持を出し、デモ隊・群集に警告をするための拡声スピーカーと、指揮をするための折りたたみ式やぐらが設置されている。 捜査用覆面パトカーは警察署の刑事課や機動捜査隊などに配備され、私服の刑事・警察官が乗務し、張り込み、聞き込みや被害者の搬送などあらゆる場面で活躍する。 パトカーは機動力を生かしたパトロールにより、犯罪の予防活動等に当たっているほか、事件・事故等が発生した際には、素早く現場に赴き、犯人の検挙、各種事故処理等の活動を行う。






RUF 軌跡の名車コレクション
全7種+1
期間:2008年4月15日(火)〜
内容:缶コーヒー(アサヒ ワンダ ゼロマックス、キリン ファイア スペシャル、コカ・コーラ ジョージア ヨーロピアン、サントリー ボス レジェンドブレンド、JT ルーツ ファインビート、UCC ブラック無糖)2缶に1個ついてきた。
CTR CTR CTR2 CTR3
M00383 M00384 M00385 M00386
po-2 72-50 po-3 72-51 po-4 72-52 po-5 72-53
当時、前人未踏の記録約340Km/hを叩き出したCTRは、その目の覚めるようなカラーによって、「イエローバード」と呼ばれた。 ’97年に993型ポルシェ911をベースに作り上げられたモデル。基本となるボディはカレラだが、速さを追求するために更なる改良が加えられたいる。 20周年を迎えるCTRシリーズ。もし「911ポルシェをミッド・エンジンにしたら」というひらめきから生まれた、初の911ミッドシップ・レイアウト・モデル。
RGT Rt12 RK Coupe R Spyder
M00387 M00388 M00389 M00390
po-6 72-54 po-7 72-55 po-8 72-56 po-9 72-57
911ポルシェをベースに製作された、究極の自然吸気モデル。絶妙なパワーフィール、エンジンレスポンスを誇る。 本家のポルシェに先駆けて登場した、911ポルシェをベースにしたターボモデル。名前の通り、RUFにとって12代目のターボモデル。2007年ナルド・ハイスピードイベントにおいて400Km近い最高速記録を叩き出した。 イタリアのデザイン工房「スタジオ・トリノ」とのコラボレーションによって生まれたケイマン・ベースのRK Coupe。ラグジュアリー感を強めた仕上がりとなっている。 R Spyderはボクスターのシャーシをベースに製作された。ジェームス・ディーンが運転した550Spyderからひらめきを受け、ミッドシップモデルにオープンボディーを一体化させたモデル。






RUF SPECIAL! -RUF 第2弾-
全7種
期間:2008年10月7日(火)〜
内容:缶コーヒー(キリン ファイア挽きたて微糖、サントリー ボス レインボーマウンテンブレンド、JT ルーツ リアルブレンド ミスターファーマー、UCC ブラック無糖)2缶に1個ついてきた。
BTR NATO CTR2 SPORT TURBO3.3 R TURBO
ネームコードBTRの開発車両「NATO」をコンプリードとして市販されたモデルのひとつが「NATO2」である。「NATO」のオリーブグリーンが「NATO2」では、艶消しダークグリーンを施した。 1997年に993型ポルシェ911をベースに作り上げられたモデルをサーキット及びロードへ特化したタイプ。 RUFが始めて発表したポルシェ911ターボ3.0クーペをベースにしたクルマ。 996をベースとして開発された996のツインターボ仕様のモデル。
ベース車両の良さを十分に活かしながら更なる高みへと性能をグレードアップさせている。
RCT 3400K Roadster CTR3
964型ボディの911カレラ2/カレラ4に対応するターボキットを装着したRCT。
ベースカーとは異なるパフォーマンスを発揮する。
RUFの自動車製造メーカーとしての生誕25周年を記念して、リリースされた3400Kのロードスターバージョン。 20周年を迎えるCTRシリーズ。
もし「911ポルシェをミッド・エンジンにしたら」というひらめきから生まれた、初の911ミッドシップ・レイアウト・モデル。